刑法199条の殺人罪は、司法試験・予備試験の刑法答案で必ず登場する最重要条文の一つだ。本記事では、客体・実行行為・故意(殺意)・因果関係・結果という5つの構成要件を図解つきで体系的に解説し、答案での書き方まで示す。
1. 殺人罪(刑法199条)とは
殺人罪は刑法199条に規定された故意犯であり、「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する」と定める。法定刑の重さが示すとおり、生命という最重要の法益を保護する犯罪類型だ。構成要件論の観点では、①客体(人)、②実行行為(殺す行為)、③故意(殺意)、④因果関係、⑤結果(人の死)の5要素を個別に検討する。
5要素はすべて揃って初めて殺人罪(既遂)が成立する。客体が「人」でなければ器物損壊罪、故意(殺意)がなければ傷害致死罪(205条)や過失致死罪(210条)が問題となり、因果関係が欠ければ未遂犯(203条)の検討に移る。
2. 客体:人(他人)とは
殺人罪の客体は「人」すなわち他人の生命体だ。自己の生命は客体にならない(自殺は不可罰)。問題となるのは「人」の始期と終期の解釈だ。
【人の始期】判例・通説は「一部露出説」を採る。胎児の身体の一部が母体外に露出した時点で「人」となる。陣痛開始説・全部露出説は少数説。胎児に対する攻撃行為は、胎児が「人」となった後に結果が生じれば殺人罪が成立しうる(最決昭63.2.29)。
3. 実行行為:人を死に至らしめる行為
実行行為は「人を殺す」行為であり、作為・不作為いずれも含む。作為は刺す・絞めるなど直接的な行為、不作為は保護義務を負う者が必要な行為をしないことで成立する(不作為犯)。
不作為による殺人罪が成立するには、①作為義務の発生根拠(法令・契約・先行行為等)、②作為の可能性・容易性、③不作為と結果の因果関係が必要だ。親が幼児に食事を与えずに死亡させた事案では、保護責任者遺棄致死罪ではなく殺人罪が認められることもある。
実行の着手時期は重要だ。殺人未遂(203条)との区別上、「構成要件的結果発生の現実的危険性が生じた時点」を着手とするのが通説・判例の立場だ。例えば毒薬を手渡した時点ではなく、被害者が服用した時点が着手にあたる場合が多い。
4. 故意:殺意の意義と種類
殺人罪の成立には故意(殺意)が必要だ(刑法38条1項)。故意とは、構成要件的事実(ここでは「人を殺す」という事実)の認識・認容をいう。単に死の結果が発生すればよいのではなく、行為者がその事実を認識し、かつ認容していたことが要求される。
殺意の態様は主に2種類に分かれる。①確定的故意は「必ず死ぬ」と認識して行為する場合、②未必の故意は「死ぬかもしれないがかまわない」と認識・認容して行為する場合だ。どちらも故意犯として殺人罪が成立する。
これに対し、「死ぬかもしれないが死なないだろう」と認識しながら行為した場合は認識ある過失(210条)にとどまり、殺人罪の故意が認められない。未必の故意と認識ある過失の区別は試験でも重要な論点だ。
判例は認容説を採る。「死の結果の発生を認識しながら、なお行為を継続した場合は、死の結果を認容した」と評価するのが実務の考え方だ。認容の有無は主観的事情であるため、行為態様・凶器・攻撃部位・回数等の客観的事情から推認することになる。
5. 未必の故意と認識ある過失の区別
試験で頻出の論点が未必の故意と認識ある過失の区別だ。両者の違いは「認容」の有無にある。「死んでもかまわない」(認容あり)か「死なないだろう」(認容なし)かによって、殺人罪か過失致死罪かが分かれる。
実務では、①凶器の種類・危険性(刃物か素手か)、②攻撃部位(首・心臓などの急所か否か)、③攻撃回数・強度、④被害者の状態、⑤犯行後の行動(救護したか逃走したか)を総合して認容の有無を判断する。
最高裁昭和59年3月27日決定では、頭部を多数回殴打した事案で「死の結果の発生を認識しながら認容した」として殺人の故意を認めた。攻撃対象が急所か否か、凶器の危険性が決め手になることが多い。
6. 因果関係
刑法の因果関係論は、実行行為と結果(死)の間に法的に意味ある結びつきがあるかを判断する問題だ。条件関係(「あの行為がなければ結果は生じなかった」)を前提として、相当性の範囲内の結果か否かを判断する。
判例は「客観的相当因果関係説」に近い立場を採ってきたが、近年は「危険の実現」という観点から結果帰属を判断する客観的帰属論的思考も浸透している(最決平2.11.20・大阪南港事件)。介在事情がある場合は、①行為の危険性、②介在事情の異常性・予見可能性、③介在事情の結果への寄与度を考慮して因果関係の有無を判断する。
大阪南港事件(最決平2.11.20)では、被告人の暴行後に第三者がさらに暴行を加えて死が早まった事案で、「被告人の暴行が死因となった傷害の発生・進行に寄与した」として因果関係を肯定した。
7. 結果:人の死
殺人罪(既遂)の成立には「人の死」という結果が必要だ。死が生じなければ殺人未遂罪(199条・203条)にとどまる。死の判断基準は従来「三徴候説」(心臓停止・呼吸停止・瞳孔散大)が通説だったが、臓器移植法(1997年)以降は脳死状態での死亡認定も問題となる。
脳死の刑事法上の扱いについては解釈論が流動的だ。答案では「三徴候説が通説であること、脳死は例外的処理として臓器移植法の手続きに従う」と押さえておけば十分だ。死亡結果の発生時期が問われる場合は、結果発生時点における「人の死」の認定が議論になる。
8. 答案での書き方
殺人罪の構成要件を答案で論じる際は、5要素を順番に検討するのが基本だ。特に問題となる点(故意の有無・因果関係の断絶等)に分量を集中させ、争いのない点は簡潔に認定して済ませる。
答案上の実践的注意点として、①故意の認定では必ず「認識→認容」の順で論じる、②因果関係で介在事情がある場合は問題文の事情を丁寧にあてはめる、③未遂と既遂の分岐点(実行の着手・既遂時期)も確認しておくことが重要だ。
9. 重要判例
【大阪南港事件(最決平2.11.20)】被告人の暴行後に第三者の暴行で死が早まった事案。因果関係の判断について「実行行為が死亡結果を招いた危険が現実化した」と判示し、被告人の暴行と死の因果関係を肯定した。介在事情のある事案の基本判例だ。
【最決昭63.2.29(胎児傷害事件)】胎児の身体の一部が露出した段階で「人」として扱われ、殺人罪が成立しうるとした。人の始期に関するリーディングケース。【最決昭59.3.27】では頭部をハンマーで多数回殴打した事案で未必の故意(殺意)を認定し、殺人罪の成立を肯定した。