憲法13条は個人の尊重と幸福追求権を保障する。明文化されていない『新しい権利』を13条から導くためには、どの範囲が憲法上保護される権利として認められるのか、という枠組みが必要となる。本稿で、新しい権利論と関連判例を整理する。
扱うのは、①13条の条文構造、②新しい権利論(人格的利益説と一般的自由説)、③プライバシー権をめぐる判例、④自己情報コントロール権、⑤論証の組み立て、の順である。
条文と新しい権利論
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
13条後段の『生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利』は、明文の人権規定で網羅されていない『新しい権利』の根拠条文として位置づけられてきた。新しい権利として何を保護するかをめぐっては、人格的利益説と一般的自由説の対立がある。
新しい権利論の2つの立場
人格的利益説(通説)
13条が保護する権利は、個人の人格的生存に不可欠な利益に限られると解する立場である。新しい権利を無限定に拡張せず、人格的価値の核心と結びつく範囲で保護を認める。
一般的自由説
13条が保護する権利は、人格的利益に限らず、個人の自由な行動一般に及ぶと解する立場である。保護される行動の範囲は広いが、対立する公共の利益との衡量で違憲審査基準が緩やかになる傾向がある。
プライバシー権——京都府学連事件・前科照会事件
プライバシー権は、13条から導かれる代表的な新しい権利である。最大判昭和44年12月24日(京都府学連事件)は、警察官が容貌等を許諾なく撮影することについて、個人の私生活上の自由として、何人もみだりにその容貌・姿態を撮影されない自由を有する旨を示した。
最判昭和56年4月14日(前科照会事件)は、前科や犯罪歴がみだりに公開されない法律上の保護に値する利益であることを示し、プライバシー権が判例上も承認されてきた流れを示している。これらの判例の延長として、近年は自己情報コントロール権としてのプライバシー権の理解が、学説上有力に主張されている。
自己情報コントロール権
プライバシー権を、私的領域の保護にとどめず、自己に関する情報の取扱いについて本人が決定する権利として理解する立場が、自己情報コントロール権論である。情報技術の発達に伴い、国家や企業が個人情報を収集・管理する場面が拡大する中で、新しい権利論の中心的な議論となってきた。
住基ネットに関する一連の最高裁判決は、行政が保有する個人情報の取扱いについて、その目的・運用・安全管理の枠組みを踏まえ、プライバシー権との関係で違憲とは認めなかった。論文では、本件の情報の性質、取扱いの目的、運用上の安全管理、本人関与の可能性などを当てはめる構成となる。
論証の組み立て方
新しい権利の論証
問題の所在
本件で問題となる〇〇の権利・自由が、憲法13条の幸福追求権として保護されるか、それを制約する本件規制が合憲かが問題となる。
新しい権利論
13条が保護する新しい権利の範囲については、人格的利益説と一般的自由説の対立がある。本件では、〇〇が個人の人格的生存に不可欠な利益として位置づけられるかを論じる。
判例の枠組み
プライバシー権については、京都府学連事件や前科照会事件など、判例上一定の場面で人格的利益として保護が認められてきた。本件がこれらの判例の射程に入るかを検討する。
規範の趣旨
13条は、個人の尊厳を支える人格的利益を明文化されていない権利として保護することで、変化する社会のなかでの権利保障を補う条文である。
当てはめ
本件では、〇〇という事実関係のもとで、当該利益が人格的生存に不可欠なものといえるかを評価し、対立する公共の利益との衡量を行う。
結論
以上から、本件規制は合憲(あるいは違憲)であり、Xの主張は認められる(あるいは認められない)。
よくある質問
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