刑法2026-04-1411

刑法38条の故意・錯誤論を完全整理|司法試験・予備試験で狙われる認識と処理手順

刑法38条の故意・錯誤論を条文・判例・学説から体系的に整理。具体的事実の錯誤・抽象的事実の錯誤の処理手順と論証の型を、司法試験・予備試験受験生向けにわかりやすく解説します。

「AをBと思い込んで殴ってしまった。故意はどう処理するのか」「狙ったAではなくCに弾が当たった。その場合の故意の帰属は?」——錯誤論の問題は、一見シンプルな事案なのに答案を書き始めると手が止まる、という受験生が非常に多い論点だ。具体的事実の錯誤と抽象的事実の錯誤の区別を曖昧にしたまま、「故意が認められない」と一言で処理して大幅減点された経験はないだろうか。あるいは、具体的符合説・法定的符合説・抽象的符合説の違いを説明できても、どれを採用してどう当てはめるかがわからない、という壁にぶつかっていないか。この記事では、刑法第38条を軸に、錯誤論の全体像・要件・判例・論証の型を完全整理する。読み終えた後には、どんな錯誤の事案でも処理の道筋が見えるようになるはずだ。

この記事を読むと次の3点が手に入る。①刑法第38条の文言と故意の本質的意味の正確な理解、②具体的事実の錯誤・抽象的事実の錯誤それぞれの学説対立と判例の立場、③そのまま答案に書ける論証の型と当てはめのコツ。予備試験では平成26年・令和2年・令和4年度論文式試験の刑法問題で錯誤論が絡む事案が出題されており、司法試験においても客体の錯誤・方法の錯誤が複合的に絡む問題が繰り返し問われている。今この論点を押さえておくことは最優先事項と言ってよい。

条文を正確に読む

刑法第38条故意

第38条 罪を犯す意思のない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。 2 重い罪に当たるべき行為をした場合において、行為者がその罪に当たることとなる事実を知らなかったときは、その重い罪によって処断することはできない。 3 法律を知らなかったとしても、そのことによって、故意がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。

刑法第38条第1項は「罪を犯す意思のない行為は、罰しない」と規定する。これが故意犯処罰の原則を明示した規定であり、故意がなければ原則として刑事責任を負わないことを宣言している。「ただし、法律に特別の規定がある場合」というのは過失犯処罰規定(例えば刑法第209条の過失傷害罪)が存在する場合を指す。第2項は抽象的事実の錯誤(異なる構成要件にまたがる錯誤)の処理について「重い罪によって処断することはできない」という上限を設けた規定であり、錯誤論の重要な実定法上の根拠となる。第3項は「違法性の錯誤」(事実の錯誤ではなく法の不知)は故意を阻却しないという原則を定める。文言を正確に把握することが、錯誤論の全体を整理する出発点となる。

趣旨・制度目的

刑法第38条が故意犯処罰の原則を定める趣旨は、刑事責任の主観的根拠に求められる。行為者が構成要件に該当する事実を認識・認容していた(すなわち故意があった)場合にはじめて、社会が刑事制裁をもって非難を加えることが正当化される。故意とは、構成要件該当事実の認識・認容であり(通説的理解として、西田典之『刑法総論〔第3版〕』弘文堂p.159以下参照)、これが欠ける場合には責任非難の基礎が失われる。もっとも、行為者が「何か悪いことをしようとした」という程度の認識しかなかった場合に一律に故意を否定しては刑事司法の機能が失われる。そこで法は、第38条第2項において、異なる構成要件間の錯誤がある場合でも、行為者が認識した構成要件の範囲で責任を問える旨を定め、故意責任の合理的な限界を画した。錯誤論の議論はこの「どの範囲で故意を認めるか」という問いに直結する。

故意の意義と錯誤論の全体像

故意の成立要件(通説・判例)

① 構成要件該当事実の認識

行為者が、構成要件に該当する客観的事実(行為・結果・因果関係等)を認識していること。「認識」は概括的・未必的なものでも足りる(最高裁昭和23年3月16日判決参照)。条文上「罪を犯す意思」(刑法第38条第1項)が根拠。

② 認容(意欲またはやむを得ないとの認識)

認識に加え、結果の発生を積極的に意欲するか、少なくともやむを得ないものとして受け入れていること(認容説。通説:前田雅英『刑法総論講義〔第7版〕』東京大学出版会p.186以下)。未必の故意はこの認容を緩やかに認める。

③ 錯誤がないこと(または錯誤の射程が故意を阻却しないこと)

行為者の認識と客観的事実の間に不一致(錯誤)がある場合、その錯誤が故意を阻却するかどうかを別途検討する必要がある(錯誤論の核心)。刑法第38条第2項が規範的根拠。

錯誤論は大きく「事実の錯誤」と「違法性の錯誤(法律の錯誤)」に分かれる。刑法第38条第3項が法律の錯誤は故意を阻却しないと明示しているため、試験上問題となるのは主に「事実の錯誤」の処理である。事実の錯誤はさらに①同一構成要件内の錯誤(具体的事実の錯誤)と②異なる構成要件にまたがる錯誤(抽象的事実の錯誤)に分類される。具体的事実の錯誤は、狙ったAでなくBに当たった(方法の錯誤)や、BをAと思い込んで侵害した(客体の錯誤)のように、同じ構成要件の中でのズレである。抽象的事実の錯誤は、人と思い込んで殺した相手が実は物だった(殺人罪と器物損壊罪のズレ)のように、異なる構成要件間のズレである。

具体的事実の錯誤

具体的事実の錯誤の類型と学説

① 客体の錯誤(同一構成要件内)

行為者がAを狙って攻撃したが、実際にはBだった(例:Aだと思いBを殺した)という場合。この場合、具体的符合説・法定的符合説ともに故意を認める点で一致する。理由は、どちらの説も「殺人罪の構成要件に該当する事実についての認識」があると評価できるからである(通説:西田典之『刑法総論〔第3版〕』弘文堂p.169)。

② 方法の錯誤(打撃の錯誤)

行為者がAを狙ったが、弾や凶器が外れてBに命中した場合。ここで学説が鋭く対立する。【具体的符合説】行為者が具体的に認識した客体(A)と実際に侵害された客体(B)が一致しないため、Bに対する故意を否定する。AへのB対する故意なし・未遂+Bへの過失犯の並存とする。【法定的符合説】構成要件の範囲(「人」という類型)で符合すれば足りるとして、Bに対する故意既遂を認める(通説・判例の立場)。

③ 因果関係の錯誤

行為者が予期した因果の流れと異なる経緯で結果が発生した場合(例:橋の上から落として死亡させようとしたが、実は橋に激突して死亡した)。通説は、因果関係の基本的部分が符合していれば故意は阻却されないとする(西田典之『刑法総論〔第3版〕』弘文堂p.175以下)。最高裁昭和53年7月28日判決(刑集32巻5号1068頁)もこの立場に親和的。

抽象的事実の錯誤

抽象的事実の錯誤とは、行為者が認識した事実と実際に発生した事実とが、異なる構成要件にまたがる場合の錯誤をいう。刑法第38条第2項が「重い罪によって処断することはできない」と定めており、これが処理の実定法的根拠となる。典型例は、人を傷つけようと思い石を投げたところ誤って窓ガラスを割ってしまった場合(傷害罪と器物損壊罪の錯誤)、または器物を壊すつもりで行為したところ人を負傷させた場合である。

抽象的事実の錯誤の処理原則

① 原則:重い罪の故意は認められない

刑法第38条第2項により、行為者が認識した事実よりも重い構成要件の故意を認めることはできない。例えば、器物損壊の認識で行為した者に傷害罪の故意を認めることは同条項により禁止される。

② 例外:構成要件が重なり合う限度で軽い罪の故意を認める

通説(法定的符合説の抽象的事実への応用)は、異なる構成要件間でも「構成要件が実質的に重なり合う」範囲において、軽い罪の故意を認めることができるとする(西田典之『刑法総論〔第3版〕』弘文堂p.172以下)。重なり合いの有無は、保護法益の同一性と行為態様の類似性から判断する。

③ 重なり合いの判断基準

最高裁昭和54年4月13日判決(刑集33巻3号179頁、いわゆる「覚せい剤誤認事件」)は、行為者がダイヤモンドを密輸したつもりが実際には覚せい剤だった事案で、構成要件の実質的重なり合いを認め、軽い犯罪(関税法違反等)の故意による有罪を認めた。

重要判例

【判例①】最高裁昭和53年7月28日決定(刑集32巻5号1068頁)いわゆる「硫酸事件」。被告人がAに向けて硫酸を投げたところ、Aの同乗者Bにも硫酸がかかり傷害を負わせた事案。第一審・原審はAへの傷害の故意・Bへの過失傷害の並存とする具体的符合説的処理をとったが、最高裁は「方法の錯誤があっても、行為者が認識した犯罪事実と発生した犯罪事実が構成要件的に符合する場合には、その故意は阻却されない」として法定的符合説の立場を明示し、Bに対する傷害罪の故意既遂を認めた(百選I-46)。判旨の核心は「構成要件の範囲で符合すれば故意を認める」という法定的符合説の定式化にある。射程:方法の錯誤一般に及び、狙いが外れた場合に故意既遂を認めるための判例上の根拠となる。

【判例②】最高裁昭和54年4月13日決定(刑集33巻3号179頁)。被告人が輸入した荷物にダイヤモンドが入っていると認識して密輸したが、実際に入っていたのは覚せい剤であった事案。最高裁は「行為者が認識した事実が属する構成要件と実際に発生した事実が属する構成要件が、社会的事実として重なり合う限度で、軽い犯罪の故意を認めることができる」と判示した。本件では覚せい剤取締法違反の故意は認められないが(重い罪)、税関申告義務違反という観点では重なり合いがあるとして一定の有罪判断を示した。射程:抽象的事実の錯誤において「構成要件の実質的重なり合い」という判断枠組みを確立した先例的意義がある。

【判例③】最高裁平成2年2月9日判決(刑集44巻2号1頁)。行為者が人を傷つけるつもりで暴行を加えたところ、被害者は軽傷にとどまり、かえって被害者の傍らにいた第三者を死亡させてしまった事案。最高裁は法定的符合説の立場から、第三者死亡についての傷害致死罪の成立を認めた。射程:法定的符合説を採用した場合、「一個の故意」から複数の構成要件的結果について故意既遂を認め得るという帰結(いわゆる「一故意犯説」)が導かれ、これが実務・通説の処理方針と整合する。

試験での出題傾向

錯誤論は予備試験論文式刑法において、直近10年で少なくとも5回以上関連論点として登場している。司法試験においても、複数行為者が関与する共犯事案や、被害者の同一性が問題となる事案の中で錯誤が問われることが多い。出題パターンは大きく以下に分類できる。

  • 方法の錯誤(打撃の錯誤):狙った相手とは別の者に結果が発生したケース。法定的符合説vs具体的符合説の論述が問われる
  • 客体の錯誤(同一構成要件内):BをAと誤認して侵害したケース。比較的簡単に故意が認められるが、誤解を受けやすい
  • 抽象的事実の錯誤:異なる構成要件にまたがる錯誤。刑法第38条第2項の引用が必須
  • 共犯と錯誤の複合:共犯者の一人が認識していなかった事実について共同正犯の故意をどう処理するか(刑法第60条との絡み)
  • 因果関係の錯誤:予期した因果の流れと実際の因果の流れが異なるケース(危険の現実化との関係)

論証の型:そのまま答案に書ける形

以下は方法の錯誤における法定的符合説による論証の型である。そのまま答案に転用できるよう文章体で示す。 「刑法第38条第1項は、故意なき行為を罰しないと定める。故意とは、構成要件該当事実の認識・認容をいう。本件では、甲はAを攻撃しようとしたが、結果としてBに傷害を負わせており、方法の錯誤(打撃の錯誤)が生じている。  思うに、故意の本質は構成要件的結果についての認識であり、誰に対する行為かという具体的同一性の認識は要しない。構成要件は社会的類型として抽象化されており、同一構成要件に属する客体であれば、認識した事実と発生した事実は規範的に符合する(法定的符合説。最高裁昭和53年7月28日決定・刑集32巻5号1068頁参照)。  したがって、甲はAへの傷害罪の認識のもとでBへの傷害結果を生じさせており、Bへの傷害罪(刑法第204条)の故意は阻却されない。」 抽象的事実の錯誤が問題となる場合は、上記に加えて次の論証を挿入する。 「もっとも、認識した事実と発生した事実が異なる構成要件に属する場合には、刑法第38条第2項の趣旨から、重い罪の故意を認めることはできない。ただし、両構成要件が保護法益・行為態様において実質的に重なり合う限度では、軽い罪の故意を認めることができる(最高裁昭和54年4月13日決定・刑集33巻3号179頁参照)。本件では…(重なり合いの検討)。」

当てはめのコツ

錯誤論の当てはめで差がつくポイントは3つある。第一に、「具体的事実の錯誤か抽象的事実の錯誤か」を最初に明示的に認定することだ。いきなり学説を論じると、どちらのタイプの錯誤かが不明確なまま論述が進んでしまう。第二に、法定的符合説を採用したら「一故意犯説か数故意犯説か」を意識することだ。方法の錯誤でA(未遂)とB(既遂)の双方への故意を認める数故意犯説的処理をとるのか、B(既遂)のみの故意とする一故意犯説をとるのかで罪数処理が変わる。判例(最高裁平成2年2月9日判決)は一個の故意で処理する傾向にあるため、答案では「Bに対する傷害罪の故意既遂一罪として処理する」と端的に示す。第三に、抽象的事実の錯誤では「重なり合いの判断基準」を明示することだ。「保護法益の同一性」と「行為態様の類似性」の2軸で検討し、具体的な事実を引きながら評価することが高得点への道筋となる。

よくある間違い・落とし穴

  • 【誤答例①】客体の錯誤と方法の錯誤を混同する。BをAと誤認して侵害した(客体の錯誤)のに、「狙いが外れた」と事実認定して方法の錯誤として処理してしまうケース。事案をよく読み、「行為者の狙いはどの客体に向いていたか」を先に確定させることが鉄則。
  • 【誤答例②】法定的符合説を採用しながら「故意が阻却される」と結論する。法定的符合説の帰結は「構成要件範囲で符合→故意あり」であり、故意阻却にはならない。具体的符合説と法定的符合説の結論を取り違えるミスが答案上頻出。
  • 【誤答例③】抽象的事実の錯誤の処理で刑法第38条第2項を引用しない。「重い罪によって処断することはできない」という条文の引用が不可欠であるにもかかわらず、単に「故意がない」と処理する受験生が非常に多い。
  • 【誤答例④】因果関係の錯誤を錯誤論で処理しようとして論理が混乱する。因果関係の錯誤は錯誤論ではなく、まず「客観的構成要件として因果関係が認められるか(危険の現実化)」を検討し、それが認められた上で故意の問題へ進む順序が正しい。
  • 【誤答例⑤】抽象的事実の錯誤において「重なり合い」の検討を省略する。「異なる構成要件だから故意なし」と短絡するのは誤り。刑法第38条第2項は「重い罪で処断できない」と定めるのみであり、軽い罪の限度で責任を問える余地を残している。

隣接論点との比較

錯誤論と隣接論点の整理

事実の錯誤 vs 違法性の錯誤

事実の錯誤:構成要件に該当する客観的事実の認識を欠く場合(故意阻却の可能性あり)。違法性の錯誤:事実は認識していたが、それが違法であることを知らなかった場合(刑法第38条第3項により原則として故意は阻却されない。ただし情状による刑の減軽の余地あり)。

具体的事実の錯誤 vs 抽象的事実の錯誤

具体的事実の錯誤:同一構成要件内でのズレ(例:人対人)。法定的符合説では原則として故意を認める。抽象的事実の錯誤:異なる構成要件間のズレ(例:人対物)。刑法第38条第2項が適用され、重い罪の故意は認められず、構成要件の重なり合いの限度で軽い罪の故意のみ認められる。

客体の錯誤 vs 方法の錯誤

客体の錯誤:行為者の認識した客体の同一性の誤り(BをAだと思い込む)。どの説でも故意を認める点で一致。方法の錯誤(打撃の錯誤):行為が意図した客体に向かわず別の客体に当たる(Aを狙ってBに当たる)。具体的符合説→Bへの故意なし(過失のみ)。法定的符合説→Bへの故意あり。学説対立が最もクリティカルな類型。

錯誤論 vs 共犯と錯誤

共犯事案では、共謀の射程と錯誤の問題が交錯する。例えば共犯者の一人が認識していない犯罪結果が生じた場合、刑法第60条の共同正犯の要件(共謀・共同実行)を満たすかを先に検討し、その上で錯誤論を適用するかを判断する。共犯と錯誤を独立した論点として丁寧に区別することが求められる。

錯誤論 vs 因果関係の錯誤

因果関係の錯誤は、客観的帰属(危険の現実化)の問題と故意の問題の両方が絡む。処理順序として、①まず客観的構成要件として因果関係・危険の現実化を検討し、②故意の問題として行為者の認識した因果経過と実際の因果経過のズレが故意を阻却するかを検討する(通説的処理:山口厚『刑法〔第3版〕』有斐閣p.100以下)。

まとめ

刑法第38条は故意犯処罰の原則(第1項)・抽象的事実の錯誤の上限(第2項)・違法性の錯誤の不阻却(第3項)という3つの機能を持つ。錯誤論の処理は、①具体的事実の錯誤か抽象的事実の錯誤かの分類、②具体的事実の錯誤では法定的符合説(判例・通説)による故意の肯定、③抽象的事実の錯誤では刑法第38条第2項を引用しつつ構成要件の実質的重なり合いの限度で軽い罪の故意を認める、という3段構造で把握する。方法の錯誤では法定的符合説と具体的符合説の対立が試験上最も問われる場面であり、判例(最高裁昭和53年7月28日決定)を引きつつ法定的符合説を採用することが答案の基本線となる。錯誤の類型を事案から正確に認定し、論証の型を答案にしっかり落とし込む練習を繰り返すことが合格への近道だ。

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