民法110条は、代理人が与えられた代理権の範囲を超えて行為した場合に、相手方が代理権の存在を信ずべき正当な理由があるときは、本人に効果を帰属させる規定である。要件は基本代理権の存在、権限外の行為、相手方の正当な理由の3つだが、いずれも判例の射程を踏まえないと当てはめがぶれやすい。本稿でその構造を整理する。
扱うのは、①110条の3要件、②基本代理権の射程、③『正当な理由』の判断、④109条・112条との重畳適用、⑤夫婦間の日常家事代理権との関係、⑥94条2項類推との接続、の順である。関連論点として[民法94条2項の通謀虚偽表示](/blog/minpo-94-kyogi-hyoji)もあわせて参照してほしい。
条文と3要件
前条第1項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。
110条は109条1項本文を準用するかたちで、代理人が権限を超えて行為した場合の本人の帰責を定める。要件は次の3つに整理される。
民法110条の3要件
基本代理権の存在
代理人が何らかの私法上の代理権を有していることが必要である。通説・判例の理解では、事実行為の代行権や公法上の代理権にとどまる場合は基本代理権にあたらないとされる。
権限外の行為
代理人が、本人から与えられた代理権の範囲を超える法律行為をしたこと。代理権の範囲は、授権の趣旨を踏まえ社会通念上同種の行為を含むと解される範囲で具体的に画定する。
正当な理由(善意無過失)
相手方が、代理人にその行為について代理権があると信じ、かつそう信ずるにつき正当な理由があることが必要である。判例上『正当な理由』は、相手方の主観だけでなく、客観的にみて代理権の存在を信じることが正当と認められる事情の有無で判断される。
『正当な理由』はどう判断されるか
『正当な理由』は、相手方の善意無過失と実質的に重なる概念だが、判例は客観的な事情を重視する立場を取ってきた。代理人が本人の実印や登記済権利証など重要書類を所持していた事案では、特段の事情がない限り、相手方が代理権の存在を信じるについて正当な理由があると評価されやすい。
もっとも、本人と代理人の関係、取引の規模・性質、相手方が当然調査すべき事情の有無などが組み合わさるため、書類の所持だけで結論が出るわけではない。論文では、(i) 代理権の存在を推測させる客観的事情、(ii) 不審を抱かせる事情の有無、(iii) 相手方が照会・調査をすべき状況にあったか、を本件事実から拾って当てはめる作業が中心になる。
109条・112条との重畳適用
民法109条(代理権授与の表示)・110条・112条(代理権消滅後の表見代理)は、相互に重畳適用されうる。本人が代理権授与の表示をしたが、表示された範囲を超えて代理人が行為した場合には109条と110条の重畳適用が問題となり、代理権が消滅した後に消滅した代理権を超えて代理人が行為した場合には112条と110条の重畳適用が問題となる。いずれも、各表見代理規定の趣旨を組み合わせて第三者保護を図る処理である。
重畳適用の典型場面
109条+110条
本人が代理権授与の表示を行ったが、代理人が表示された範囲を超える行為をした場合。表示の存在で109条の枠組みに乗せつつ、範囲超過の部分について110条の正当な理由の有無を検討する。
112条+110条
代理権が消滅した後、代理人が消滅前の代理権を超える行為をした場合。消滅した代理権が継続しているかのような外観について112条で第三者保護を考えつつ、範囲超過部分は110条で評価する。
94条2項+110条類推
真の権利者が不実の外観形成に積極的に関与していない場合でも、外観の存在を認識しながら放置するなど一定の帰責性が認められる事案で、最判平成18年2月23日は94条2項及び110条の類推適用により、善意無過失の第三者を保護する枠組みを示した。
夫婦間の日常家事代理権と110条
民法761条は、夫婦の一方が日常家事に関して行った法律行為について、他方も連帯責任を負う旨を定める。これは日常家事の範囲で夫婦相互に代理権が認められる根拠と理解されている。問題は、夫婦の一方が日常家事の範囲を超える行為をした場合に、110条で他方への効果帰属を認められるかである。
最判昭和51年6月25日は、夫婦の一方が日常家事の範囲を超える法律行為をした場合について、110条の直接適用は原則として認められないとしつつ、相手方たる第三者が当該行為を日常家事の範囲内に属するものと信ずるについて正当な理由があるときに限り、110条の趣旨を類推適用して第三者を保護できる、との枠組みを示した。論文では、(i) 当該行為が日常家事の範囲を超えるか、(ii) 範囲内と信ずる正当な理由があるか、を順に検討する。
論証の組み立て方
民法110条の論証
問題の所在
本件では、AがB(本人)の代理人として権限外の行為をしたところ、相手方CがBに対して効果を主張できるかが問題となる。
要件の特定
民法110条は、基本代理権の存在、権限外の行為、相手方の正当な理由を要件とする。本件で特に争点となるのは〇〇要件である。
判例の枠組み
『正当な理由』は、客観的にみて代理権の存在を信じることが正当と認められる事情の有無で判断される。夫婦間の日常家事代理権との関係では、最判昭和51年6月25日が110条の趣旨を類推適用する枠組みを示している。
規範の趣旨
本人が代理権を授与したことに伴う取引上のリスクを本人に負担させ、外観を信頼した相手方を保護することで、取引の安全と本人保護の調和を図る趣旨である。
当てはめ
本件では、〇〇という客観的事情のもとで、相手方Cが代理権の存在を信ずる正当な理由がある(あるいはない)。
結論
以上から、Cの主張は認められ(あるいは認められず)、本人Bは責任を負う(あるいは負わない)。
よくある質問
通謀虚偽表示と第三者保護の枠組みは[民法94条2項の解説](/blog/minpo-94-kyogi-hyoji)に整理した。あわせて読むと、94条2項・110条・94条2項+110条類推の関係が見通しやすくなる。
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