「退職を認めない」と会社に言われて動けなくなる——しかし期間の定めのない労働契約では、法律上いつでも辞められる。退職時にこじれやすい即日退職・有給消化・競業避止の3論点を、根拠条文と判断基準から整理し、損をしない進め方まで示す。
1. 退職の自由——民法627条
① 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
正社員のような期間の定めのない労働契約では、労働者はいつでも解約の申入れができ、申入れの日から2週間の経過によって労働契約が終了する(民法627条1項)。就業規則に「退職は1か月前までに申し出ること」と定められていても、期間の定めのない契約では強行法規である627条1項が優先し、2週間の予告で退職できると解するのが多数説である。使用者の承諾は退職の要件ではないため、「退職を認めない」という対応に法的拘束力はない。もっとも、有期契約の途中解約にはやむを得ない事由が必要であり(民法628条)、扱いが異なる点に注意する。
2. 有給休暇の消化——労働基準法39条
年次有給休暇は、雇入れから6か月継続勤務し全労働日の8割以上出勤した労働者に付与される(労働基準法39条)。退職前に残った有給をまとめて消化することは労働者の権利であり、使用者の時季変更権(39条5項但書)は「事業の正常な運営を妨げる場合」に限って行使できるにとどまる。退職により有給を取得すべき代替の時季が確保できない場合には、時季変更権を行使できないと解されている。さらに、2019年4月施行の改正により、年10日以上の有給が付与される労働者については、使用者に年5日の時季指定義務が課された。
3. 競業避止義務の有効性
退職後の競業避止義務は、労働者の職業選択の自由(憲法22条1項)を制約するため、就業規則や誓約書に定めがあっても当然に有効となるわけではない。裁判例は、①企業の正当な利益の存在、②労働者の地位、③制限の地域・期間の合理性、④代償措置の有無などを総合考慮し、制限が合理的な範囲を超える場合には公序良俗違反(民法90条)として、その全部または一部を無効とする。
4. 競業避止義務の有効性を分ける4要素
競業避止義務の有効性判断——4つの考慮要素
① 企業の正当な利益(営業秘密・顧客関係の存在)
保護すべき営業秘密や顧客関係が客観的に存在することが前提。一般的な業界知識・汎用スキルは保護の対象にならない。この要件を満たさない制限条項は目的が正当でないとして無効と判断される傾向がある。
② 労働者の地位(重要情報への接近度)
経営幹部・開発責任者・主要顧客担当者など、制限すべき情報に実際に接近していた立場かどうか。一般従業員や接触情報が限定的な職種への広範な競業制限は、地位との不均衡を理由に無効と判断されやすい。
③ 地域・期間の合理的な制限
「全国一律・5年間」のような広範な制限は無効と判断されやすい。下級審判例の集積では、地域は同一商圏内・期間は1〜2年以内が有効性の目安とされる。これを超える制限は比例原則に反するとして一部無効となることがある。
④ 代償措置の有無(退職金加算・在職中手当等)
競業制限の見返りとして退職金の上乗せや在職中の特別手当が支払われているか。代償なしの広範な制限は、労働者の職業選択の自由(憲法22条1項)を不当に制約するとして無効と判断されやすい。
5. 退職交渉の実務手順
実務では、①退職の意思表示は書面(退職届)で行い、内容証明郵便等で到達を証拠化する、②有給の残日数を確認し消化計画を立てる、③競業避止条項がある場合はその有効性(4要素)を検討する、という順序が安全である。会社が退職を拒んでも、期間の定めのない契約であれば申入れから2週間の経過で労働契約は終了するため、退職の自由そのものが失われることはない。未払い賃金や退職金の有無もあわせて確認しておくとよい。
Elencoの条文検索で「民法627条」「競業避止義務」「労働基準法39条」を検索すると、本記事に加えて解雇(労契法16条)・退職金・未払い賃金の請求との関連論点を横断して確認できる。