刑法2026-04-2111

刑法43条・未遂犯の実行の着手と不能犯の区別|司法試験・予備試験対策

刑法43条の未遂犯について、実行の着手時期・不能犯との区別・中止犯の要件を判例・通説に基づき徹底解説。答案にそのまま使える論証の型も提示。

強盗罪の問題を解いていて、「被害者に暴行を加えた時点は実行の着手か、それとも予備にとどまるのか」で手が止まった経験はないだろうか。あるいは、「砂糖を毒薬と誤信して飲ませた場合は不能犯か未遂犯か」という設問を前に、どちらを論じるべきか迷った受験生は非常に多い。未遂犯をめぐる論点は、実行の着手時期・不能犯との区別・中止犯の要件という三層構造で出題されるにもかかわらず、論証が整理されていない受験生がそのまま答案に突っ込んで失点するケースが後を絶たない。この記事では、①実行の着手の判断基準(判例の立場を中心に)、②不能犯との区別基準と具体的な場合分け、③中止犯(刑法第43条ただし書)の要件を、答案にそのまま使える形で解説する。

【この記事でわかること】 ・刑法第43条の条文構造と「実行の着手」の意味 ・不能犯と未遂犯を区別する判例・通説の基準と具体的あてはめ ・中止犯が成立するための「自己の意思により」の解釈と論証パターン ・予備試験・司法試験での出題傾向と典型的な誤答例

条文を正確に読む

刑法第43条未遂減免

犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止した者は、その刑を減軽し、又は免除する。

刑法第44条未遂罪の処罰

未遂を罰する場合は、各本条で定める。

刑法第43条は本文と但書の二文から成る。本文が「障害未遂」(外部的障害によって犯罪が完成しなかった場合)を規定し、刑の任意的減軽を認める。但書が「中止未遂(中止犯)」(自己の意思による中止)を規定し、刑の必要的減軽または免除を認める点で、両者の効果は質的に異なる。さらに刑法第44条は、未遂犯の処罰は各本条の定めによる旨を規定しており、未遂処罰規定のない犯罪については未遂犯は不処罰となる(例:刑法第204条傷害罪には未遂処罰規定なし)。この構造を最初に押さえておくことが、答案を組み立てる際の出発点となる。

趣旨・制度目的

未遂犯を処罰する根拠については、①結果無価値論を重視する立場(法益侵害の現実的危険を生じさせた点に処罰根拠を求める)と、②行為無価値論を重視する立場(行為者の主観的態度・行為自体の反規範性に処罰根拠を求める)が対立する。この対立は実行の着手時期の判断基準にも直結する。通説(西田典之『刑法総論〔第3版〕』弘文堂、p.297以下)は、結果発生の客観的危険性の発生を重視しつつ、行為者の主観的計画も加味する「折衷説(実質的客観説)」を採用しており、判例もこの方向で運用されている。中止犯の必要的減免については、「危険消滅による刑事政策的理由(黄金橋の架設)」と「違法減少・責任減少」の双方が根拠として挙げられている(山口厚『刑法〔第3版〕』有斐閣、p.221)。

実行の着手—要件の分解

実行の着手の要件(刑法第43条本文)

① 構成要件該当行為の開始または密接行為の開始

実行の着手は、①構成要件的行為そのものを開始した場合と、②構成要件的行為と時間的・場所的に密接に連結した行為(密接行為)を開始した場合に認められる。判例(最高裁昭和45年7月28日決定・刑集24巻7号585頁)は、強盗殺人の事案で「被害者の反抗を抑圧するに足りる暴行を開始した時点」に着手を認めており、構成要件行為の厳密な開始に限定しない実質的判断を示した。

② 結果発生の現実的危険性の惹起

着手の実質的要件として、法益侵害の現実的・具体的な危険が発生したことが必要とされる(実質的客観説・通説)。単なる予備行為段階にとどまる場合、いまだ「着手」とはいえない。最高裁昭和58年9月21日決定(刑集37巻7号1070頁)は、クレジットカード詐欺の事案で、加盟店に差し出した時点に詐欺罪の実行の着手を認め、「財物取得の現実的危険性が生じた時点」を基準とした。

③ 故意(認識・認容)

未遂犯が成立するためには、行為者に当該犯罪の構成要件的結果について故意が必要である(刑法第38条第1項)。故意のない過失による着手は未遂犯を構成しない。

不能犯との区別—最重要論点

不能犯とは、行為の性質上、結果の発生が絶対に不可能な場合をいい、未遂犯として処罰されない。これに対し、結果の発生は偶然的事情によって妨げられたが、危険は現実に生じていた場合は不能犯ではなく未遂犯となる。この区別は試験において最も問われやすい論点の一つであり、基準の選択→具体的あてはめの流れを答案上で明示することが求められる。

不能犯の判断基準—学説の対立

① 客観的危険説(絶対的不能・相対的不能の区別)

行為時に客観的に存在した全事情を基礎に、科学的・一般的見地から結果発生の危険性を判断する。手段の絶対的不能(例:砂糖を毒薬と誤信)は不能犯、相対的不能(例:装填量が足りなかった銃)は未遂犯とする。批判:絶対的・相対的の区別が不明確。

② 具体的危険説(判例・多数説)

行為時に一般人が認識しえた事情+行為者が特に認識していた事情を基礎として、一般人の見地から結果発生の危険があったかを判断する。最高裁昭和37年3月23日判決(刑集16巻3号305頁、百選I-53)は、硫化水素中毒を利用した殺人未遂の事案で具体的危険説に親和的な判断を示した。通説(西田典之『刑法総論〔第3版〕』p.310)もこの立場をとる。

③ 抽象的危険説

行為者が認識していた事情を基礎に、一般人の見地から危険を判断する。行為者の主観を重視するため、未遂犯の成立範囲が広くなりすぎる難点があり、少数説にとどまる(平野龍一『刑法総論Ⅱ』有斐閣参照)。

答案上は「具体的危険説(判例・多数説)」を採用することが最も安全である。その規範は「行為時に一般人が認識しえた事情および行為者が特に認識していた事情を基礎として、行為時の一般人の見地から結果発生の危険性が認められるかを判断する」と定立する。あてはめでは、①一般人が認識しえた客観的事情の摘示、②行為者が特に認識していた事情の有無、③それらを総合した危険性の有無、という順序で論述する。

重要判例

【判例①】最高裁昭和37年3月23日判決(刑集16巻3号305頁・百選I-53) 【事案の概要】被告人は、被害者を殺害する目的で硫化水素ガスを充満させた部屋に被害者を誘い込もうとしたが、被害者は部屋に入る前に逃走し、結果は生じなかった。 【判旨の核心部分】最高裁は、「行為の性質上、結果発生が絶対に不能と認められる場合に限り不能犯として不処罰とすべきであり、単に偶発的事情によって結果が発生しなかった場合は未遂犯が成立する」旨を示し、本件につき殺人未遂罪の成立を認めた。 【射程】本判決は、結果の絶対的不能に近い場合でなければ未遂犯の成立を否定しない姿勢を示しており、具体的危険説に親和的と評価されている。不能犯が問題となる事案では必ず参照すべき判例である。

【判例②】最高裁昭和45年7月28日決定(刑集24巻7号585頁) 【事案の概要】被告人は、強盗殺人の目的で被害者宅に侵入し、就寝中の被害者に対して殺害行為を開始したが、途中で逃走した。実行の着手時期が争点となった。 【判旨の核心部分】最高裁は、「強盗殺人罪の実行の着手は、被害者の反抗を抑圧するに足りる暴行・脅迫を開始した時点に認められる」と判示し、財物奪取の着手を待つ必要はないとした。 【射程】結合犯(強盗殺人罪・強盗強制性交等罪)における実行の着手時期の判断に広く援用される。「最初の構成要件的行為開始時」だけでなく「密接に連結した先行行為開始時」にも着手を認める実質的客観説の立場を示す重要判例である。

【判例③】最高裁平成16年3月22日決定(刑集58巻3号187頁・百選I-52) 【事案の概要】被告人は、クレジットカード詐欺(不正カード利用)の目的でカードを加盟店に差し出した。詐欺罪の実行の着手時期が争点となった。 【判旨の核心部分】最高裁は、「カードを差し出して加盟店員に提示した時点において、すでに財物または財産上の利益を取得する詐欺行為(欺罔行為)が開始されたと認められ、詐欺罪の実行の着手がある」と判示した。 【射程】詐欺罪における着手時期につき「欺罔行為の開始時」という基準を示し、財物交付の要求に至る前段階でも着手を認めた点で重要。財産犯の着手論全般に影響する。

中止犯(刑法第43条ただし書)の要件

中止犯の成立要件

① 実行の着手後・結果未発生

刑法第43条本文と同様に、犯罪の実行に着手していることが前提。結果が既発生の場合は中止犯は成立しない(既遂犯となる)。

② 中止行為の存在

着手未遂の場合(着手後まだ実行行為が終了していない場合)は単純な「中止」(実行行為の中断)で足りる。実行未遂の場合(実行行為終了後、結果発生を防止する必要がある場合)は積極的な「結果防止行為」が必要となる(通説:西田典之『刑法総論〔第3版〕』p.330)。

③ 「自己の意思により」(任意性)

フランクの公式が参考にされる:「やろうと思えばできたがやらなかった(→中止犯)」「やりたかったができなかった(→障害未遂)」。外部的障害(被害者の抵抗・第三者の発見等)によって中止を余儀なくされた場合は任意性が否定される。最高裁昭和24年7月9日判決(刑集3巻8号1174頁)は、「犯行継続が可能であったにもかかわらず、悔悟・憐憫等の内部的動機によって中止した場合に任意性が認められる」と判示した。

④ 因果関係(実行未遂の場合)

実行未遂において、中止行為と結果不発生の間に因果関係が必要かについては争いがある。通説(山口厚『刑法〔第3版〕』p.226)は因果関係必要説をとる。因果関係がない場合は障害未遂となり、刑の任意的減軽のみが認められる。

試験での出題傾向

未遂犯関連論点は、予備試験・司法試験の両方において頻出中の頻出論点である。予備試験では平成25年・平成27年・平成29年・令和2年・令和4年の各年度に未遂犯または不能犯が絡む問題が出題されており、ほぼ隔年ペースで狙われている。司法試験(論文)でも、強盗・詐欺・殺人の問題文の中で着手時期が問われるパターンが繰り返し登場する。出題パターンは以下のとおり整理できる。

  • 【パターン①】複合行為型:複数の行為が連続する場合(例:強盗のため暴行した時点で着手か)に着手時期を論じさせる
  • 【パターン②】不能犯型:行為客体の不存在(死体・不在の被害者)や手段の不能(毒量不足・空砲)の事案で不能犯か未遂かを論じさせる
  • 【パターン③】中止犯型:被告人が途中で犯行を中断した場合に、任意性・中止行為の有無を論じさせる
  • 【パターン④】共犯と未遂の交差型:共犯者の一人が中止した場合の他の共犯者との関係(刑法第60条との交差)を論じさせる(近年増加傾向)

論証の型—答案にそのまま使える形で

【実行の着手の論証パターン】 「刑法第43条にいう『実行の着手』とは、構成要件的行為を開始した場合、または構成要件的行為と時間的・場所的に密接に連結した行為(密接行為)を開始した場合であって、法益侵害の現実的・具体的危険性が生じた時点をいう(実質的客観説)。 本件では、……(具体的事実の摘示)……。かかる行為は、……罪の構成要件的行為である……と密接に連結した行為であり、被害者の……という法益に対する現実的危険性が生じている。したがって、……時点に実行の着手が認められる。」

【不能犯の論証パターン】 「不能犯とは、行為の性質上、結果発生が絶対的に不可能な場合をいい、未遂犯として処罰されない。不能犯と未遂犯の区別については、行為時に一般人が認識しえた事情および行為者が特に認識していた事情を基礎として、行為時の一般人の見地から結果発生の危険性が認められるかを判断する(具体的危険説・判例・多数説)。 本件では、一般人が認識しえた事情として……がある。また、行為者は……という事情を特に認識していた。これらを基礎とした一般人の見地からは、……という結果発生の危険性〔が認められる/は認められない〕。よって、本件は〔不能犯ではなく未遂犯が成立する/不能犯として不処罰となる〕。」

【中止犯の論証パターン】 「刑法第43条ただし書の中止犯が成立するためには、①実行の着手後に結果が発生しなかったこと、②中止行為の存在、③「自己の意思により」中止したこと(任意性)が必要である。任意性の有無は、外部的障害の有無を基準とし、外部的障害なしに内部的動機によって中止した場合に任意性が認められる(フランクの公式参照)。 本件では、……(事実の摘示)……。被告人は……という理由で中止しており、これは〔外部的障害に基づくものではなく内部的動機による中止といえる/外部的障害によるものであって任意性を欠く〕。〔着手未遂であるため/実行未遂であり積極的結果防止行為として……が認められるため〕、中止犯が〔成立する/成立しない〕。」

当てはめのコツ

実行の着手の当てはめでは、①「どの行為が密接行為か」の認定と、②「なぜ現実的危険性があるか」の評価が採点上のポイントになる。事実を拾い上げるだけでなく、「〇〇という事情から、被害者の身体・生命に対する現実的危険性が生じていた」と評価の言葉を入れることが不可欠である。不能犯の当てはめでは、「一般人が認識しえた事情」と「行為者が特に認識していた事情」を分けて整理し、それぞれの事情が危険性判断にどう影響するかを明示する。中止犯の当てはめでは、中止の動機(悔悟・憐憫・恐怖・発覚の危険等)を具体的事実から認定し、「外部的障害か内部的動機か」という判断軸を明確に示すことが求められる。特に「発覚の恐怖から逃げた場合」は任意性が否定されることが多いが、恐怖と悔悟が混在するケースは丁寧な事実評価が必要である。

よくある間違い・落とし穴

  • 【誤り①】「着手=構成要件的行為の開始」と覚えていて密接行為の概念を落とす。強盗罪で財物奪取行為の前の暴行時点での着手を論じられない受験生が多い。
  • 【誤り②】不能犯の問題で学説を羅列するだけで、「具体的危険説を採用した場合のあてはめ」をしない。論証は規範定立→あてはめがセットである。
  • 【誤り③】中止犯を論じる際に「任意性さえあれば成立する」と思い込み、実行未遂の場合に必要な積極的結果防止行為の要件を落とす。
  • 【誤り④】「自己の意思により」の解釈でフランクの公式を紹介するだけで、事実へのあてはめをしない。「本件の中止動機は何か、それは外部的障害か内部的動機か」を必ず認定せよ。
  • 【誤り⑤】未遂処罰規定の確認を忘れる。刑法第44条の存在を意識せず、傷害罪や器物損壊罪の「未遂犯」を論じてしまうケース(これらには未遂処罰規定がない)。
  • 【誤り⑥】共犯者の一人が中止した場合に、刑法第43条ただし書だけで処理しようとし、他の共犯者の責任との関係(刑法第60条の共同正犯の射程)を論じない。

隣接論点との比較

未遂犯・予備罪・不能犯・中止犯の比較整理

予備罪(実行の着手前)

実行の着手に至る前段階の準備行為。処罰には各本条の予備罪処罰規定が必要(例:刑法第201条殺人予備罪)。未遂犯よりも軽い法定刑が設定される。「予備」か「未遂」かは実行の着手の有無で区別する。

障害未遂(刑法第43条本文)

実行の着手後、外部的障害によって結果が発生しなかった場合。刑の任意的減軽のみ。任意性なし。

中止犯・中止未遂(刑法第43条ただし書)

実行の着手後、自己の意思により中止した場合。刑の必要的減軽または免除。任意性あり+中止行為が要件。

不能犯

行為の性質上、結果発生が絶対的に不可能な場合。構成要件的結果発生の現実的危険性がなく、未遂犯の成立要件を欠くため不処罰。刑法上の明文規定はなく、解釈論として処理される。

幻覚犯(迷信犯)

呪術や祈祷など、科学的に犯罪の結果を生じさせえない行為。不能犯よりも明白に危険性がなく、当然に不処罰。試験では不能犯と幻覚犯を混同しないよう注意。

まとめ

刑法第43条の未遂犯論は、①実行の着手(密接行為開始+現実的危険性の発生)、②不能犯との区別(具体的危険説:一般人が認識しえた事情+行為者が特に認識した事情を基礎に一般人の見地から判断)、③中止犯の要件(任意性+中止行為+実行未遂の場合は積極的結果防止行為+因果関係)という三層構造で整理せよ。判例は実質的客観説に立ちつつ、着手時期の判断は結果犯ごとに事案に即した柔軟な判断をしている。答案上は、学説の対立を手短に整理したうえで、「具体的危険説(判例・多数説)」を採用し、事実へのあてはめを丁寧に行うことが高得点への近道である。未遂処罰規定の確認(刑法第44条)と共犯との交差も忘れずチェックする習慣をつけよ。

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