刑法199条の答案で介在事情が問題となるとき、条件関係・相当因果関係説・危険の現実化のどれを基本に書くかで筆が止まる受験生は多い。本記事では3つの重要判例(大阪南港事件・米兵ひき逃げ事件・高速道路進入事件)を比較しながら、介在事情型の因果関係論を答案で使える形に整理する。
1. 因果関係論の基本枠組み
刑法の因果関係は二段階で検討する。第一段階は条件関係(conditio sine qua non)の確認だ。「あの行為がなければ結果は生じなかった」といえるかを問う。条件関係は必要条件に過ぎないため、これが肯定されただけでは刑法上の因果関係は認められない。
第二段階が法的因果関係の判断だ。判例は「行為に内在する危険が結果として現実化したか」(危険の現実化説)という観点から法的因果関係を判断していると一般に解されている。介在事情がある場合も、この観点から①実行行為の危険性、②介在事情の異常性・予見可能性、③介在事情の結果への寄与度を考慮して判断する。
①条件関係:「あれなければこれなし」(必要条件の確認) ②法的因果関係:実行行為の危険が結果に現実化したか(危険の現実化) ※介在事情がある場合は②で異常性・予見可能性・寄与度を考慮
2. 相当因果関係説から危険の現実化へ
かつての通説は「相当因果関係説」だった。行為時に存在する事情(客観説・主観説・折衷説)を基礎として、その行為から結果が発生することが相当か(経験則上通常か)を問う考え方だ。
しかしこの説は「相当性」の基準があいまいで判断が安定しないという批判があった。
現在の判例は、危険の現実化という観点から因果関係を判断していると理解されている。「実行行為に内在する危険が、介在事情を経てもなお結果に現実化したといえるか」を問う。相当因果関係説の用語(相当性)を使いながらも、実質的には危険の現実化の観点から論じることが多く、両説の対立は実務上ほぼ解消されている。
相当因果関係説:行為から結果が発生することが経験則上通常か(相当か) 危険の現実化説:行為の危険が介在事情を通じて結果に現実化したか → 判例はいずれの用語も使いつつ実質的に同様の判断をしている。答案では「危険の現実化」で統一するか、折衷説を基底に「危険の現実化」を論じるのが現在の標準的な書き方
3. 大阪南港事件(最決平2.11.20)
事案
被告人が被害者に暴行を加えて致命的な傷害(脳内出血)を与えた後、第三者がさらに暴行を加えて死期を早めた。被告人の行為単独でも被害者は遅かれ死亡したが、第三者の行為によって死の時期が早まった事案だ。
判旨・判断
最高裁は、被告人の暴行が死因となった傷害(脳内出血)を形成している以上、その後第三者の暴行が死の時期を早めても、被告人の暴行と死亡との間の因果関係を肯定した。「被告人の行為が独立して死因を形成している」という点が肯定の根拠だ。
学習ポイント
この事案では、被告人の行為の危険性が高く(致命的な傷害の形成)、第三者の介在は死の時期を早めたに過ぎない。「危険の現実化」の観点から見ると、被告人の行為の危険が結果に現実化しているといえる。介在事情が独立した死因を形成していないため因果関係が肯定される典型例だ。
4. 米兵ひき逃げ事件(最決昭42.10.24)
事案
被告人が車で被害者をはねて重傷を負わせた後、同乗していた米兵が車外に被害者を運び出し、屋根から路上に転落させて死亡させた事案だ。被告人は被害者を轢いた後に逃走した。
判旨・判断
最高裁は、被告人の運転行為と被害者の死亡との間の因果関係を否定した。同乗者が被害者を屋根から転落させるという行為は、経験則上通常は予想しえない異常な介在事情と評価されたことが否定の理由とされる。
米兵ひき逃げ事件:同乗者が被害者を屋根から転落させる → 異常・予見不可能 → 因果関係否定 介在事情が「実行行為の危険とは独立した、異常・特殊な経緯」によって結果を生じさせた場合、実行行為との因果関係が否定される
5. 高速道路進入事件(最決平16.2.17)
事案
被告人らが被害者を暴行したため、被害者が逃走しようとして高速道路に進入し、走行中の車に衝突されて死亡した事案だ。被害者が自らの判断で高速道路に進入している点が問題となった。
判旨・判断
最高裁は、被告人の暴行と被害者の死亡との間の因果関係を肯定した。被害者が暴行から逃れようとして高速道路に進入することは、暴行という事情の下では通常想定されうる経過(危険の現実化の範囲内)と評価された。
6. 介在事情の分類と判断基準
介在事情は大きく3種類に分類できる。①第三者の行為(大阪南港・米兵ひき逃げ)、②被害者自身の行為(高速道路進入)、③自然現象・偶発的事情だ。どの種類の介在事情であっても、判断の核心は「その介在事情が実行行為の危険の範囲内か、それとも独立した異常な出来事か」に尽きる。
判断の際に考慮する要素は次の通りだ。①実行行為の危険性の程度(高ければ介在事情があっても因果関係を肯定しやすい)、②介在事情の異常性・特殊性(高いほど因果関係否定に傾く)、③介在事情の予見可能性(低いほど否定に傾く)、④介在事情の結果への寄与度(高いほど否定に傾く)。
□ 条件関係は肯定されるか(あれなければこれなし) □ 実行行為の危険性は高いか低いか □ 介在事情は異常か、予見可能か □ 介在事情が独立して結果を生じさせたか □ 「危険の現実化」の観点から結論を論じているか
7. 仮定的競合(条件関係の例外問題)
条件関係が否定される例外的な場面として「仮定的競合」がある。AとBが独立して死の危険ある行為をしたところ、Aの行為のみで先に死亡した場合、「Bの行為がなくても死んでいた」ためBとの条件関係が否定されてしまうという問題だ。
この問題については、「現実に生じた結果との条件関係」を問うことで解決するのが通説だ。「Bの行為がなければこの時点でのこの態様での死は生じなかったか」と問い直すことで条件関係を肯定できる。仮定的な別原因の存在は条件関係の判断に影響しない、という原則を押さえておくこと。
8. 論証の組み立て方
因果関係の論証は次の順序で組み立てる。①まず理論的立場を示す(「判例は危険の現実化説を採る」)。②条件関係を認定する。③問題となる介在事情を特定する。④実行行為の危険性・介在事情の異常性・予見可能性・寄与度を検討する。⑤危険の現実化が認められるか否かを結論する。
答案では条件関係の認定を簡潔に済ませ、法的因果関係の判断に分量を集中させるのが一般的だ。介在事情がある場合は、事実の引用(問題文の具体的事情)を丁寧に行い、「なぜ危険の現実化が認められるか/認められないか」を論証することが得点につながる。
論証例(肯定の場合):「Xの暴行は被害者に致命的な傷害を与えるものであり、その危険性は高い。Aの介在は死期を早めたに過ぎず、Xの行為の危険が現実化したものといえる。したがってXの暴行とVの死亡との間に因果関係を肯定する。」
×「介在事情があるから因果関係なし」→ 介在事情の存在だけで否定はできない ×「相当因果関係があるから肯定」→ 「相当性」の根拠(事情の列挙)が必要 ○ 具体的事情(凶器の危険性・介在の態様・予見可能性)を列挙してあてはめる
9. 答案での頻出ミスと対策
最も多いミスは「介在事情があるから因果関係が問題になる」という一般論で止まり、あてはめに進まないことだ。因果関係の問題は「問題文の具体的事情を引用して、なぜ危険が現実化したか/しなかったかを論証する」ところに配点が集中している。
次に多いミスは、条件関係の認定に分量を使いすぎることだ。条件関係の認定は通常1〜2行で足りる。問題文に介在事情がある場合は、その事情の異常性・予見可能性の分析に3〜5行程度を使い、危険の現実化の結論を明示することを優先する。
10. 関連する判例の整理
上記3判例以外にも重要な判例がある。【最決昭和49年7月5日】は、交通事故→被害者の病院での誤治療→死亡という事案で、治療ミスの介在にもかかわらず因果関係を肯定した。誤治療は交通事故から通常生じうる経過の中に含まれると評価された。
【最決昭和46年9月22日(チェーンソー事件)】は、暴行後に被害者が高台から転落して死亡した事案で、逃走による転落が暴行の危険の現実化として因果関係を肯定した。高速道路進入事件と同様、被害者の行動が介在した事案での肯定例として押さえておくこと。