憲法の人権規定は本来、国家との関係で個人を保護する規定であるが、私人間関係において人権侵害的な状況が生じる場合に、憲法の規律をどう及ぼすかという論点がある。判例は三菱樹脂事件で間接適用説を採用したと整理され、論文でも繰り返し問われる基本論点である。 本稿でこの構造を整理する。
扱うのは、①私人間効力をめぐる3つの立場、②三菱樹脂事件(最大判昭和48年12月12日)、③間接適用説の枠組み、④適用の場面別整理、⑤論証の組み立て、の順である。
私人間効力をめぐる3つの立場
3つの基本的立場
無効力説
憲法の人権規定は国家と個人の関係を規律するものであり、私人間関係には直接にも間接にも及ばないとする立場。私人間の人権類似の問題は、民法等の私法による解決に委ねる発想である。
直接適用説
憲法の人権規定が私人間関係にも直接適用されるとする立場。私人による人権侵害を、憲法を直接の根拠として規律することを認める。
間接適用説(通説・判例)
憲法の人権規定が私法上の一般条項(民法90条、709条など)の解釈を通じて、間接的に私人間関係に及ぶとする立場。憲法と私法の関係を整合的に位置づける枠組みとして通説的地位にある。
三菱樹脂事件——最大判昭和48年12月12日
最大判昭和48年12月12日(三菱樹脂事件)は、企業が学生時代の政治活動を理由に本採用を拒否したことが憲法14条・19条等に違反するかが争われた事案である。最高裁は、憲法の人権規定が私人相互の関係に直接適用されるものではないとしつつ、私的支配関係において個人の基本的な自由・平等に対する具体的な侵害が問題となる場合には、私法上の一般条項の解釈を通じて、間接的に憲法の趣旨を及ぼしうる、という枠組みを示した。 間接適用説を採用した代表的判例として位置づけられている。
間接適用説の枠組み
間接適用説のもとで論じる場合、論文の構造は次のようになる。まず、本件が私人間関係であることを踏まえ、憲法の人権規定の直接適用は否定する。次に、民法90条や709条などの私法上の一般条項を本件事案の解決の枠組みとして引き、その解釈の中で、憲法の趣旨(自由・平等・人格的価値の保障など)を取り込む、という流れである。
適用の場面によっては、私人間関係であっても国家類似の支配関係(ある種の独占的・優越的地位)が認められる場面で、より厚く憲法の趣旨を反映させる議論が展開されることもある。論文では、本件における当事者間の関係性、侵害される利益の性質、私法上の一般条項の射程を踏まえて当てはめる。
論証の組み立て方
私人間効力の論証
問題の所在
本件では、私人間において〇〇という人権類似の侵害が生じているところ、憲法の人権規定がこの私人間関係にどのように及ぶかが問題となる。
立場の整理
無効力説・直接適用説・間接適用説の対立があるところ、通説・判例(最大判昭和48年12月12日 三菱樹脂事件)は間接適用説に立つ。
間接適用の枠組み
民法90条や709条などの私法上の一般条項の解釈を通じて、憲法の趣旨を間接的に反映させる構造を採る。
規範の趣旨
私人間関係への憲法の直接適用を回避することで私的自治の原則を尊重しつつ、私法の一般条項を介して人権の趣旨を反映させ、両者の調整を図る趣旨である。
当てはめ
本件では、〇〇という当事者間の関係性、侵害される利益の性質、私法上の一般条項の射程を踏まえ、人権の趣旨を当該条項の解釈にどう反映させるかを評価する。
結論
以上から、本件は私法上の一般条項を介して〇〇という結論となる。
よくある質問
Q. 判例はどの立場か
A.最大判昭和48年12月12日(三菱樹脂事件)以降、判例は間接適用説に立つと整理されてきた。
憲法の人権規定が私人間関係に直接適用されるものではないとしつつ、私法の一般条項の解釈を通じて間接的に憲法の趣旨を及ぼす枠組みを採る。
Q. どの一般条項を介して反映させるか
A.公序良俗違反による無効を扱う民法90条、不法行為責任を扱う民法709条などが典型である。
本件の事案の性質に応じて、適切な一般条項を選んで論じる。
Q. 私人間でも憲法を直接持ち出してよい場面はあるか
A.判例の立場では原則として認められないが、国家賠償法や特別法による規律など、個別の制度のなかで人権規定の趣旨が反映される場面はある。
憲法の人権規定を直接の請求原因として用いる構成は、判例の整理とは整合しない。
Q. 私的自治とのバランスはどう取るか
A.間接適用説の枠組み自体が、私的自治の原則を尊重しつつ、私法の一般条項を介して人権の趣旨を反映させる調整装置である。
論文では、本件における人権の重要性と、私的自治を尊重する必要性の双方を踏まえて当てはめる。