民法709条は条文1項のみで短いが、判例の蓄積により、故意・過失、権利侵害(違法性)、損害、因果関係の4要件として体系化されている。本稿では4要件、大学湯事件・富喜丸事件の射程、改正後の消滅時効を整理する。
①709条の4要件、②大学湯事件と違法性論、③相当因果関係と416条類推、④改正後724条の消滅時効、⑤論証の組み立て方、の順で扱う。関連条文として 民法415条 債務不履行 や 民法703条 不当利得 と合わせて読むと、損害填補制度を一通り把握できる。
709条の4要件
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
判例・通説により、709条の請求が認められるためには、(i) 加害者の故意または過失、(ii) 他人の権利または法律上保護される利益の侵害(違法性)、(iii) 損害の発生、(iv) 加害行為と損害との因果関係、の4要件が必要とされる。
民法709条 4要件
故意又は過失
過失は、結果の予見可能性があり、結果回避義務に違反したことと一般に説明される。過失責任主義が原則で、加害者の故意・過失なくして賠償責任は生じない。製造物責任法や自賠法3条のような特別法では、立証責任の転換や無過失責任に近い構成が採用されているが、これらは民法上の例外である。
権利または法律上保護される利益の侵害
改正前は「権利侵害」とのみ規定されていたが、判例(大判大正14年11月28日 大学湯事件)が違法性を被侵害利益と侵害行為態様の相関で判断する解釈を確立した。改正後709条はこの判例の趣旨を「法律上保護される利益」という文言で条文化した。
損害の発生
損害は、加害行為がなければあったであろう財産状態と現在の財産状態の差として算定する(差額説)。財産的損害(積極損害・消極損害)に加え、精神的損害(慰謝料)も含まれる。最大判昭和56年12月16日(大阪国際空港事件)は、生活妨害による精神的損害について慰謝料を認めた。
因果関係
事実的因果関係(加害行為がなければ損害が発生しなかったといえる関係)と法的因果関係(賠償の範囲を画する評価)の二段階で検討する。賠償範囲については後述の416条類推適用が問題となる。
大学湯事件と違法性論
大判大正14年11月28日民集4巻670頁(大学湯事件)は、銭湯「大学湯」の老舗としての地位が無断で第三者に承継させられた事案で、709条の「権利侵害」を厳密な権利の侵害に限らず、法律上保護される利益の侵害を含むと判示した。違法性は、被侵害利益の種類と侵害行為の態様との相関関係において判断するという考え方が、ここから一般化されていった。
この相関関係的判断は、物権や債権など形式的に把握できる権利の侵害でなくとも、営業上の利益・名誉・プライバシー等の利益への侵害について、侵害行為の悪質性とあわせて違法性を肯定する枠組みを与える。改正後の文言「法律上保護される利益」は、この判例法理を条文上明らかにしたものといえる。
相当因果関係と416条類推
最判昭和48年6月7日民集27巻6号681頁(富喜丸事件)は、不法行為に基づく損害賠償の範囲について、民法416条を類推適用し、通常損害は当然賠償範囲に含まれ、特別損害は加害者が予見しまたは予見できた場合に賠償範囲に含まれるとする。事実的因果関係を満たす損害であっても、すべてが賠償対象となるわけではなく、相当因果関係(416条類推)の枠で範囲を画する点に注意が必要である。
改正後724条の消滅時効
改正前は、損害および加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年とされていた。2020年改正により、人の生命または身体を害する不法行為については、損害および加害者を知った時から5年に伸長された(民法724条の2)。それ以外の不法行為については従来通り3年であり、長期20年の規律も維持されている。
論証の組み立て方
民法709条の論証
問題の所在
本件で問題となるのは、XがYに対し、民法709条に基づき不法行為による損害賠償を請求できるかである。
要件の特定
709条の要件は、故意または過失、権利または法律上保護される利益の侵害、損害の発生、因果関係の4点である。本件では特に〇〇要件の充足が問題となる。
判例規範
違法性については、大判大正14年11月28日(大学湯事件)が、被侵害利益と侵害行為の態様との相関で判断する枠組みを示している。損害賠償の範囲については、最判昭和48年6月7日(富喜丸事件)が民法416条を類推適用する旨を判示している。
規範の趣旨
形式的な権利侵害に限らず保護に値する利益への侵害を捕捉しつつ、損害賠償の範囲は予見可能性を枠とすることで、加害者と被害者の利害を調整する枠組みである。
当てはめ
本件では、Yの行為は〇〇であり、Xの被侵害利益は〇〇である。相関関係に照らせば違法性が認められ(あるいは認められず)、損害は〇〇円であって、416条類推により通常損害として相当因果関係の範囲にある。
結論
したがって、Xの709条に基づく損害賠償請求は認められる(あるいは認められない)。生命・身体に関わる場合の消滅時効は724条の2により5年である。
よくある誤解
よくある質問
Q. 権利侵害と違法性はどう違うか
A.改正前は「権利侵害」と規定され、形式的な権利の有無を問題とする立場と、被侵害利益の保護に値性を問題とする立場の対立があった。
大学湯事件以降は、相関関係的に違法性を判断する枠組みが定着し、改正後709条は「法律上保護される利益」を明記してこれを条文化した。
Q. 相当因果関係はどう判断するか
A.富喜丸事件は、不法行為の損害賠償の範囲について416条を類推適用する。
事実的因果関係を満たす損害のうち、通常損害は当然賠償対象に含まれ、特別損害は加害者の予見可能性がある場合に限り賠償範囲に含まれる、という二段構造で検討する。
Q. 改正後の消滅時効は何が変わったか
A.改正前は損害および加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年であった。
改正後は、人の生命または身体を害する不法行為について短期時効を5年に伸長した(724条の2)。長期20年と、その他の不法行為についての3年は維持されている。
Q. 債務不履行(415条)との関係はどうなるか
A.判例・通説は請求権競合説をとり、契約関係にある当事者間でも、不法行為の要件を満たせば709条の請求を併行的に行使できる。
消滅時効や立証責任の所在、遅延損害金の起算点が異なるため、いずれを選択するかは事案ごとに有利な構成を検討することになる。
本記事では709条の枠組みを概観した。契約上の請求権との対比については 民法415条 債務不履行 を、利得の返還については 民法703条 不当利得 を参照してほしい。