刑法13
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公開 2026.05.07最終更新 2026.05.22

刑法37条(緊急避難)を徹底解説|4要件・違法性阻却説 vs 責任阻却説・自招危難・論証の型

この記事のポイント

刑法37条の緊急避難を4要件・大久保事件・最決平成17年・違法性阻却説 vs 責任阻却説の対立・自招危難・過剰避難・誤想避難まで体系整理。答案構成付きで解説。

刑法37条の緊急避難で詰まるのは4要件の暗記ではなく、自招危難の処理・違法性阻却説と責任阻却説の対立・補充性と正当防衛との差である。本稿ではこれらを判例と答案構成を軸に体系的に整理する。

①37条の条文と基本構造、②4要件の概要、③現在の危難、④避難の意思と補充性、⑤法益均衡性、⑥違法性阻却説 vs 責任阻却説、⑦自招危難(大判大正13年)、⑧過剰避難、⑨誤想避難、⑩業務上の義務(37条2項)、⑪緊急避難 vs 正当防衛の比較、⑫論証の組み立て方、の順で扱う。

1. 刑法37条の条文と基本構造

条文
刑法37条(緊急避難)

1項 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。 2項 前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。

37条1項本文は違法性阻却事由、但書は過剰避難として刑の任意的減免を定める。2項は警察官・消防士・船長等、業務上特別の義務がある者を緊急避難の適用から除外する。正当防衛(36条)との決定的な違いは、緊急避難が「不正の侵害」を要件としない点と、補充性(最後の手段性)を厳格に要求する点にある。

2. 4要件の概要

37条1項の緊急避難が成立するには、①現在の危難、②避難の意思(判例)、③補充性(やむを得ずにした)、④法益均衡性(生じた害≤避けた害)の4要件を充足する必要がある。

FIG.1 緊急避難の4要件判断フロー
緊急避難(37条)の4要件判断フロー①現在の危難切迫性・継続②避難の意思主観的認識③補充性最後の手段④法益均衡性生じた害≤避けた害緊急避難成立違法性阻却(不罰)1要件でも欠けると緊急避難不成立 — 過剰避難(但書)の検討へ

4要件のうち④だけを欠く場合→過剰避難(37条1項但書)として刑の任意的減免。①〜③のいずれかを欠く場合→緊急避難不成立(過剰避難の問題にもならない)。

3. 現在の危難

現在の危難とは、法益侵害が現在切迫しているか継続中の状態をいう。将来の危険を予防するための事前行為は「現在の危難」を満たさない。大判大正8年4月26日は、明日予想される侵害に備えた今日の行為は現在性を欠くとした。

危難の対象は条文上「生命・身体・自由・財産」に限定される。名誉・信用は37条1項の保護法益に含まれないと解されており、名誉を守るために他人の財産を侵害しても緊急避難は成立しない。

4. 避難の意思と補充性

避難の意思とは、危難を認識しつつこれを避ける目的で行為する主観的意思をいう。客観的に危難を避ける効果があっても、主観的に認識なければ緊急避難として処理されない。避難目的が唯一の動機である必要はなく、他の動機と併存していてもよい。補充性(やむを得ずにした)とは、他に取りうる代替手段がなかったことを要求する(最後の手段性)。 合理的な代替手段(逃走・救助要請等)が存在するなら補充性が否定される。

正当防衛(36条)は「やむを得ずにした」を規定するが補充性を厳格に要求しない。緊急避難は補充性を厳格に要求する点が決定的な差異。「逃げれば済んだ」場合は緊急避難が否定されやすい。

5. 法益均衡性(害の比較)

生じた害が避けようとした害の程度を超えないこと(生じた害≤避けた害)を要する。生命を救うために他人の財産を破壊する場合は均衡性が認められやすい。財産を救うために他人の生命を侵害する場合は否定される方向。

判例(大判昭和8年11月21日)は「生じた害<避けた害」ではなく「生じた害≤避けた害」で足りるとした。判断は客観的価値(法律上の保護の程度)を基準とし、行為者の主観的価値で変動するものではない。

6. 違法性阻却説 vs 責任阻却説

37条の法的性格について学説は二大対立がある。違法性阻却説(通説・判例)は、緊急避難は行為の違法性を阻却するとし、被避難者(正当な法益が侵害される側)は正当防衛で反撃できないと解する。責任阻却説は、行為自体は違法だが期待可能性を欠くとして行為者の責任を阻却するとし、被避難者には正当防衛が成立しうると解する。

最決平成17年12月6日は海外渡航中の犯罪行為について緊急避難の成否を論じた事案で、違法性阻却説を前提とした構造(現在の危難→補充性→法益均衡性の三段階)で処理した。責任阻却的な要素は明示的に論じられていない。答案では学説対立を示した上で「本件では結論に差が出るか」を明示することが評価される。

両説の実際の違いが現れるのは「被避難者の正当防衛の可否」と「第三者への効力」。違法性阻却説では被避難者は正当防衛不可(適法な行為への反撃は許されない)。責任阻却説では正当防衛可(違法な行為への反撃は許される)。

FIG.2 違法性阻却説 vs 責任阻却説 比較
違法性阻却説 vs 責任阻却説比較軸違法性阻却説(通説・判例)責任阻却説(有力説)37条の性質違法性を阻却する行為は違法・責任を阻却被避難者の正当防衛不可(適法行為には防衛不可)可(違法行為への反撃は許容)根拠社会連帯・法秩序の統一期待可能性の欠如

7. 自招危難の処理(大判大正13年12月12日)

自招危難とは、行為者自身が引き起こした危難から逃れるために緊急避難を主張する場合をいう。大判大正13年12月12日(大久保事件)は、行為者が自ら不法に危難を惹起した場合は緊急避難の成立を否定する傾向を示した。

ただし、自招危難が一律に否定されるわけではない。過失で危難を招いた場合や、正当な行為の結果として危難が生じた場合は、自招危難として排除されない可能性がある。故意に危難を招いた場合と過失の場合を区別して処理することが答案上重要。

8. 過剰避難(37条1項但書)

過剰避難とは、4要件のうち法益均衡性のみを欠く(生じた害が避けた害を超えた)場合をいう。37条1項但書により情状で刑が任意的に減免される。犯罪自体は成立するが刑が軽減される点で過剰防衛(36条2項)と類似する。

過剰避難と過剰防衛の区別:過剰避難は法益均衡性のみを欠く場合(37条)、過剰防衛は相当性の限度を超えた場合(36条2項)。両者は要件・根拠条文が異なる。財産を守るために他人の生命を侵害した場合は過剰避難の典型。

9. 誤想避難と故意阻却

誤想避難とは、客観的には緊急避難の要件が充足されていないのに、行為者がそれを誤信した場合をいう。最決昭和62年3月26日は誤想避難について事実の錯誤(刑法38条1項)として故意阻却を認めた。存在しない危難を現在する危難と誤信して避難行為に出た場合、故意犯は成立せず過失犯の成否が問題となる。

10. 業務上の義務(37条2項)

業務上特別の義務がある者(警察官・消防士・船長・自衛官等)には37条が適用されない。職務上危難に対処する義務を負うため、危難を甘受する義務があり緊急避難を主張できない。最判昭和35年12月7日は警察官の職務上の危険について緊急避難の主張を否定した。

業務上の義務は職務に関連する危難に限られる。警察官でも職務外(私人として)の場面では37条が適用される余地がある。

11. 緊急避難・正当防衛・過剰防衛の比較

FIG.3 緊急避難・正当防衛・過剰防衛の比較
緊急避難・正当防衛・過剰防衛の比較比較軸緊急避難(37条)正当防衛(36条1項)過剰防衛(36条2項)侵害の性質正・不正を問わない危難急迫不正の侵害急迫不正の侵害補充性厳格に要求(最後の手段)要求しない(判例)要求しない法的効果違法性阻却(不罰)違法性阻却(不罰)刑の任意的減免

12. 論証の組み立て方

刑法37条の論証

問題の所在

本件で問題となるのは、Xの行為が37条1項の緊急避難として違法性が阻却されるかである。

要件の特定

37条1項は①現在の危難②避難の意思③補充性(やむを得ずにした)④法益均衡性(生じた害≤避けた害)の4要件を要する。

判例規範

現在の危難:切迫・継続する法益侵害の状態(大判大正8年参照)。補充性:他に取りうる手段がなかったこと(大判大正13年大久保事件参照)。法益均衡性:生じた害が避けた害以下であること(大判昭和8年参照)。

自招危難の確認

行為者が故意に危難を招いた場合は緊急避難が否定される方向(大判大正13年大久保事件)。本件でその事情があるか確認する。

当てはめ

本件では、〇〇という事情から現在の危難が認められ、代替手段がなく補充性も充足し、生じた害が避けた害の範囲内にある(または超えているため過剰避難)。

結論

以上から、Xの行為は37条1項の緊急避難として違法性が阻却される(または37条1項但書の過剰避難として刑が任意的に減免される)。

答案では4要件を全て検討し、いずれかが争点になる場合はその要件に力を入れる。補充性と法益均衡性が最も論述量を要する要件になることが多い。

13. よくある誤解

よくある質問

Q. 緊急避難と正当防衛の決定的な違いは何か

A.正当防衛(36条)は「急迫不正の侵害」を対象とし補充性を厳格に要求しない。

緊急避難(37条)は「正・不正を問わない危難」を対象とし補充性(最後の手段性)を厳格に要求する。 また緊急避難の被避難者は正当防衛で反撃できない(違法性阻却説)。

Q. 自招危難は一律に緊急避難が否定されるか

A.大判大正13年は故意に危難を招いた場合を念頭に置いており、一律の否定ではない。

過失で危難を招いた場合や正当な行為の結果として危難が生じた場合は、事案に応じて緊急避難が認められる余地がある。

Q. 過剰避難と過剰防衛はどう違うか

A.過剰避難(37条1項但書)は緊急避難の4要件中④法益均衡性のみを欠く場合。

過剰防衛(36条2項)は正当防衛の相当性の限度を超えた場合。根拠条文・要件ともに異なる独立の制度。

Q. 誤想避難はどう処理するか

A.客観的に緊急避難要件が欠けるのに誤信した場合は事実の錯誤(38条1項)として故意阻却を検討する(最決昭和62年3月26日参照)。

故意犯が不成立となり、過失があれば過失犯の成否が問題となる。

Q. 業務上の義務がある者とは誰か

A.警察官・消防士・船長・自衛官等、職務上危難に対処する義務を負う者。

職務に関連する危難について緊急避難は主張できない。職務外の私的場面では適用がある余地がある。

正当防衛との比較は 刑法36条 正当防衛 を、住居侵入への緊急避難(山小屋の鍵を壊して侵入等)との関係は 刑法130条 住居侵入罪 を参照してほしい。

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